井野山 【令和5年8月8日 情報更新】
概要
標高236m。宇美八幡宮前交差点から福岡県立宇美商業高等学校へ向かってまっすぐ進んで突き当たると井野山の登山道があります(井野山登山口交差点)。山頂から360度見渡せる眺望は圧巻の一言で、晴れた日には博多湾を一望できます。
山頂付近まで舗装道が整備され、ふもとの井野公園から山頂まで約2km、約50分で登頂できます。
散歩コースとして、子どもから大人までハイキング気分で楽しめます。
【井野山からみた町の風景】
井野山の歴史 唐山城跡について
井野山には、唐山城(からやまじょう)という戦国時代のお城がありました。唐山城は、井野山に東城跡、そこから西に約700m離れた大野城市内のところに西城跡があります。東城は、頂上が主郭と考えられており、山頂付近や登山道途中の北側斜面に、竪掘や堀切が残っています。
唐山城は、豊後国(現在の大分県)を中心に、当時、北部九州を支配していた戦国大名である大友氏の記録に登場し、「賀良山城」や「嘉良山城」とも記述されています。
築城主ですが、大友氏方の記録『豊前覚書(ぶぜんおぼえがき)』では、永禄11年(1568年)に、大友宗麟(おおともそうりん)のいとこである筥崎宮座主麟清(はこざきぐうざすりんせい)が、岩屋城の高橋鑑種(たかはしあきたね)の軍勢に備えるため、城を築城したとあります。
しかし、江戸時代の記録である『筑前町村書上帳』所収「宇美八幡宮大宮司神武氏由緒書」には、宇美八幡宮大宮司の神武秀宗(こうたけひでむね)が、天正2年(1574年)に築城し、普段は、安河内備前と桜木主水の両人を物頭とし、従者数百人が詰めていたことが記されています。また、別の古文書には、神武秀宗の先代である神武秀良(こうたけひでよし)が築城したとも記述されています。いずれにしても、江戸時代の記録では、宇美八幡宮大宮司を務めた神武氏の居城であったとされています。
唐山城が、筥崎宮座主か宇美八幡宮大宮司か、どちらが最初に城として構築したのかは文献によって異なっていますが、双方とも大友氏に属していますので、大友氏方の城であったといえるでしょう。
ここからは高鳥居城・立花山城も一望できるなど、城を結ぶ要衝にあった点、さらには交通の要衝である峠を抑えていた点などから、重要な城であったと考えられます。
【唐山城跡 手前が井野山にあった東城で、奥が西城】
五穀神
井野山頂の少し下に、五穀神が祀られています。
米・麦・粟・豆・キビのことを五穀といい、これらの食物に関する神様です。
今も、井野区の方々によって、大切に守り伝えられています。
所在地
福岡県糟屋郡宇美町大字井野
アクセス
井野公園までは、JR宇美駅から徒歩約15分、西鉄バス「赤井手バス停」すぐ。
井野公園から山頂までは、徒歩約50分。
※駐車場はありませんので、ご注意ください。
地図